冷静さを失った娘は歯に衣着せることなく私を罵倒しました。
その年?…恥ずかしいことなの?
私の人生って何なんだろう
娘との同居
安川さん(仮名)は5年前に夫と死別しました。
翌年、娘が幼い子供を連れて離婚することになり、娘から同居の申し出がありました。
安川さんは気がすすまなかったのですが、結局娘に押し切られる形で同居することになったのです。
気がすすまない理由は
見かけと違って性格がキツイ娘が
なんでも強引に話を進めることでした。
しかし、その時は孫がまだ4歳でしたので
孫の面倒をみる人が必要だと思い承知したのです。
それからはすべてが娘のペースで進んでいきました。
安川さんはそれまで、大きな窓のある解放感いっぱいの家で暮らしていました。。
とても暮らしやすく気に入っていたのですが、
娘は当然のように自分の住む都内のマンションでの同居と決めていて、
勝手に安川さんの家の売却査定まで依頼していたのです。
さすがにそれは止めたのですが、ことあるごとに早く家を売るように言ってきます。
家を売却したお金をあてにしているのです。
マンションは娘の通勤に便利だったので、それも仕方ないと思い、
安川さんは生まれて初めて、マンションに住むことになりました。
気に入らないのは、北側にしか窓がないこと。
コンクリートに囲まれた狭い部屋は想像以上に息苦しく、
安川さんには辛い生活でした。まるで牢獄みたい…
華やかな都会が大好きな娘が別れた旦那と共有名義で無理して買ったマンション。
今は住宅ローンの返済のために遊ぶ余裕もない…はずが、
同居を始めたとたん、娘は毎晩深夜まで大好きなお酒を飲んでいて帰ってきません。
終電に乗り遅れタクシーで帰宅することも度々。
家事もほとんどやらず、朝はギリギリに起きてきて仕事に行きます。
安川さんが注意すると
仕事で疲れているのよ!うっぷん晴らししないとやってられないの!パートしかやったことのないお母さんにはわからないわ!
と反発するだけ。
安川さんは孫を保育園に送り、掃除や洗濯を終えると孫のお迎え時間まで、
コンクリートの壁に囲まれた狭い部屋でテレビを観ながら過ごすのです。
4時に孫を迎えに行き、帰りにスーパーで買い物。夕飯を食べさせ、お風呂に入れて
遊び相手をして寝かせつける。
孫は可愛いです。
でも…2か月もすると安川さんは耐えられなくなり、孫を保育園に送った後すぐに
電車に乗り、2時間近くかけて自分の家に行くようになりました。
孫のお迎えに行くまでの約3時間、自宅で過ごすことによって安川さんはなんとか精神のバランスを保っていたのです。
ああ、この家を売らずに残しておいてよかった
異性の友だち
毎日自宅に戻っていたのでは電車賃もバカになりませんから
行かない日は公園を散歩したり、ドトールでコーヒーを飲みながら本を読んで過ごしていました。
同居を始めて半年
そんなことを思いながらボーっとしていると、
隣の席に座った男性が話しかけてきました。
鞄から何かを取り出して
すごいでしょう?
今日も3か所回ってきたんですよ
と見せてきたのは御朱印帳でした。
中を開けると、そこには達筆で書かれた御朱印がびっしり。
あまりにも素敵だったので、
初対面の男性だということを忘れて
これどこの神社ですか?これは?これは?
これ素敵~
などと話し込んでしまいました。
もっとありますよ
とその男性は鞄から5冊も出して見せてくれました。
実は家にはもっとあるんですよ
どのくらい前から集めているんですか?
女房が亡くなってからだから10年くらい前からかな。
奥様亡くなられたんですか?
ええ、今は気ままな一人暮らしですよ。
いいですねえ一人暮らし
羨ましいです
なんだろう、初めて会ったのに、話していると安らぐ…
そういえば、もう長い間、同年代の男性と話したことなかったな
もう時間だな、行かなきゃ。
今度また会ったら、もっとお話しましょう。
僕は水曜日にここに来ることが多いんですよ。
これから書道教室に行くんです。じゃ。
あんな異性の友達がいてもいいな
友達になりたいな
御朱印帳にも興味が湧き、
翌日早速、上野の東照宮に行って御朱印をいただきました。
安川さんは自分の行動力に驚きながらも
久しぶりにウキウキした気分になりました。
翌週の水曜日、同じ時間にドトールに行くと、
あの男性はもう来ていました。
芽生える恋心
週に1度ドトールで話すだけでしたが、
二人の気持ちは急速に近づいていきました。
安川さんはこの男性に対しては気取らずに
なんでも話すことができました。
なんだろう…死んだ旦那よりもホッとする。
33年も一緒に暮らしたのに…
ランチの約束をして
近くのファミレスで待ち合わせをした日、
楽しく食事をしていると
彼と同じ書道教室に通っている女性が3人入ってきて
彼に笑顔で挨拶をして通り過ぎました。
3人ともとても綺麗な人ばかりでした。
あんな綺麗な人たちと一緒に習ってるんだ。
安川さんは急に自分の身なりが気になり、
その日以来美容やファッションに気をつかうようになりました。
恋する女性はどんどん綺麗になります。
それまで○○ちゃんのおばあちゃんと呼ばれることにまったく抵抗はなかったのに
「私はまだおばあちゃんではないのよ」という気持ちになります。
そんな安川さんの変化に勘の鋭い娘が気付かないわけがありません。
おばあちゃん、最近なんか変だよ。大丈夫?
変なこと考えないでね
娘の言葉はいちいちシャクに障ります。
母親を家政婦のように使っておきながら「ありがとう」の言葉もありません。
結婚したい
彼から年明けに「日帰りで熱海まで行かないか」
と誘われ、娘には女友達と出掛けると嘘をつきました。
早朝、彼の運転する車の助手席に座り高速道路を走る。
何年ぶりでしょう。ワクワクが止まりません。
死んだ夫が生きていた頃は、たまに車で遠出もしましたが、
安川さんは運転免許を持っていませんし、娘はペーパードライバーで車も持っていないのです。
安川さんは炊き込みご飯をおにぎりにして持っていきました。
車の中で一緒に食べたおにぎりの美味しかったこと。
彼も最高の笑顔を見せてくれました。
『ああ、この人と寄り添って一生穏やかに暮らしたい』
安川さんの中に結婚への願望が湧き上がってきたのです。
途中寄った来宮神社で、『もしもこの人とご縁があるのなら一緒にならせてください』
と密かに祈った安川さんでした。
来宮神社で思わず結婚を祈願してしまった安川さんですが、
実際には「結婚」という言葉は口に出してはいけないように感じていたのです。
・子供たちはなんと言うだろうか。
・相続の問題もある。
・安川さんは遺族年金を受給しています。結婚すればそれがなくなります。
もし万が一結婚して遺族年金がもらえなくなった後で、離婚ということにでもなれば安川さんの生活が立ち行かなくなってしまう。
・お互いに亡き妻・亡き夫のお墓がある。
・孫の世話のことも気になる。
それまでのコンクリートの壁のようにグレーがかった世界が
彼と知り合ったことで
薄いピンク色の世界へと変わっているのに、
思うように動けない辛さ…
実は安川さんよりも彼のほうが結婚したいという気持ちを募らせていたのです。
彼は安川さんにプロポーズする前に息子に気持ちを打ち明けました。
すると息子は驚くほど素直に
「父さんの人生なんだから父さんがしたいようにしたらいい」
と言ってくれたのです。
息子の後押しを受け、彼の気持は固まりました。
「いろいろな問題は話し合って解決していこう」
残りの人生を君と一緒に生きていきたい。
必ず大切にする!約束するよ。
こんな僕だけど結婚してください
ああ・・・
安川さんは嬉しくて涙が出ました。
そして
娘に話したところが冒頭の
私は絶対反対だからね!
なに考えてるの?その年になって!
恥ずかしい!
なのです。
次回に続きます。