美恵子さん(仮名61歳)は困りきっていました。
92歳の義父がもう長くなさそうだと義弟から連絡を受けたのです。
困っているのは義父の容体ではなく、義弟から
「親父が死んだら、その土地は返してもらうからそのつもりで今から準備をしてくれ」
と言われたことです。
なんでも来年結婚予定の義弟の長男の家を建てるとのこと。
美恵子さんの夫は10年前に事故で亡くなっていますが、
今、美恵子さんが住んでいる家は亡くなった夫が義父の土地を借りて建てたものです。
もし、義父がなくなったら相続人は義母と義弟の2人。
美恵子さんと亡くなった夫との間に子供がいれば、その子も相続人となりますが、子供はいませんし美恵子さんにも相続権はありません。
タダで借りている場合を『使用賃借』といい、『借地権』のような強力な権利はありません。
しかも、民法597条では、『使用賃借は借主の死亡によってその効力を失う』とあるので、
美恵子さんの場合、借主である夫が亡くなった時点で使用賃借さえも終了していたのです。
つまり『借地権』の場合は借り手である夫が亡くなった時に、美恵子さんが借地権を相続して、その土地に住み続けることができますが、『使用賃借』の場合は、土地を義父に返還しなければならなかったのです。
幸い、義父からはそのような要求がなかったこと、遺産分割時にご主人の遺産1500万円の中から3分の1を義父母渡していることから
自分はこのまま住んでいいのだと都合よく解釈していたとのこと。
義母とはあまり仲がよくありません。
結婚後10年近くに渡って、子供ができないことを美恵子さんひとりのせいにして、ずい分嫌味を言われたので二人の間はギクシャクしています。
義弟に関しては亡き夫の法事で顔を合わせる程度です。
こんな事態にならないようにするにはどうすればよかったのでしょう。
- 家を建てる時点で使用賃借契約書を作っておけばよかった
- さらに借り手であるご主人の死後も美恵子さんが引き続き土地を使用する契約書にしておけばよかった。
- ご主人が亡くなった時点で家族会議を開いて話し合っておけばよかった。
とはいえ、まさか義父よりも夫が先に亡くなるとは想像できなかったし、
貸主のほうから何も言ってこないうちに、こちらから言い出すのは勇気がいったのかもしれません。
残念ながら弁護士さんに相談いただくしかありませんが
たとえ法律で決まっている事であっても裁判の判例では諸事情が考慮される場合も…
もういいの。裁判なんてそんなことやりたくないし…
主人との思い出があるこの家で最期を迎えたいと思っていたけど、
それは難しそうだわ。
まだ早いと思っていたけど、介護付きのマンションにでも入ろうかしら。
どこかいいとこ知らない?
私のお客様が入居されている施設で、それはそれは素晴らしいところがありますけどね。
その方も60歳の定年と同時に入居されたのですが、
開放的な住まいと充実したコミュニティ施設があって、60代くらいの比較的若い方がたくさん入居されていましたよ。
食事はレストランで和食、洋食、焼肉、海鮮が召し上がれますし、
スポーツ施設、文化施設も充実していて楽しく暮らせそうです。
ですが、どんなに施設が充実していても、
美恵子さんはちょっと内向的なので、馴染めるかどうか…とても心配です。
美恵子さんは、和風庭園のような庭のあるおうちで
毎日きれいに拭き掃除をして、草木の手入れをし、
近所の農家で採れたての野菜を購入して、
素材をいかした薄い味付けで料理をする。
長いあいだ、誰にも邪魔をされない、静かで質素な生活を送ってきたのです。
そんな生活がずっと続くものと信じていたのですね。